ミュージカル "Up Against It" はなぜ失敗したのか?
The Beatlesの3作目の映画用脚本としてJoe Orton によって1967年に書かれた作品
ミュージカル “Up Against It” とは?
Joe Orton (新しいタブで開く)が1967年に書いた Up Against It (新しいタブで開く)は、もともとはThe Beatles (新しいタブで開く)の3作目の映画用脚本として依頼されたものでした。しかし映画化されないまま、Orton自身も1967年に亡くなっています。
その後、Joseph Papp (新しいタブで開く)がこの脚本をミュージカルとして舞台化する企画を進め、Todd Rundgren (新しいタブで開く)に作曲を依頼しました。Rundgrenは1980年代半ばから曲を書き始めています。1986年のLA Timesの記事 (新しいタブで開く)にも、Pappの劇場作品用に「12曲を書く予定」と報じられています。
そして1989年11月14日、ニューヨークのPublic TheaterでOff-Broadway公演が開始されました。Rundgren自身も後年、「After I did Up Against It for the Public Theater」 (新しいタブで開く)と明確にこの舞台公演について語っています。
作品内容
物語は、町を追放された若者イアンとクリストファーを中心に進みます。
二人は権力者や富豪に翻弄されながら、無政府主義者ジャックと合流。女装して首相暗殺を企てた後、逮捕や投獄、反乱軍と政府軍の戦争に巻き込まれ、立場も味方も何度も入れ替わります。
騒動の果てには、思いがけない形で戦争の英雄として称えられ、物語は複数の結婚を含む奇妙な祝宴へと転がり込みます。
一貫した冒険譚というより、性的な駆け引き、政治風刺、暴力、偶然の大逆転が次々に起こるブラック・コメディです。権力や道徳の秩序が簡単にひっくり返る、オートンらしい不条理さが物語の持ち味です。なお、これは脚本の大筋に基づくあらすじで、舞台版では脚色されています。出典 (新しいタブで開く)
商業的な失敗
Rundgren自身によれば、この公演は
wasn’t a commercial success and has never been mounted again
だったとのことです。つまり1989年のPublic Theaterでの公演後、通常の劇場作品として再演されることはありませんでした。
そのため、現在では「幻のミュージカル」のような扱いになっています。
2004年には再演の試みもあった
Rundgrenはこの作品の新しいプロダクションを組み直し、Joe’s Pub(Public Theater) (新しいタブで開く)でBenefit performance を行っています。このときJoe Jackson (新しいタブで開く)も参加して実際に歌っています。[出典 (新しいタブで開く)]
また、2016年にはオランダのGroningenでRundgrenがこの作品を「opera」として演奏しています。
したがって整理すると、
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1967 | Joe Ortonが映画脚本『Up Against It』を書く |
| 1967 | Orton死去、映画化されず |
| 1980年代 | Joseph Pappがミュージカル化を企画 |
| 1986~89 | Todd Rundgrenがスコアを制作 |
| 1989 | Public TheaterでOff-Broadway初演 |
| 1991 | 『2nd Wind』に関連曲3曲を収録 |
| 1997 | Rundgren版『Up Against It!』発売 |
| 2004 | Joe’s PubでBenefit公演・再演試行 |
| 2016 | GroningenでRundgrenが作品を演奏 |
そして面白いのは、Rundgren自身がこの作品をかなり気に入っていて、再演・改作の可能性を考えていたことです。インタビューでは、Joe Orton Estate が許可すれば書き直して再演したい、という趣旨まで語っています。
結論からいうと、1989年の『Up Against It』は11月14日にOff-Broadwayで開幕し、わずか16公演で終了しています。しかも、単に「観客が入らなかった」というより、批評面でかなり厳しい評価を受けたことが大きかったと考えられます。
1989年のキャスト
公演はJoseph PappのNew York Shakespeare Festival / Public Theater、LuEsther Hall (新しいタブで開く)で行われました。
主要キャストは以下です。
| 役 | 俳優 |
|---|---|
| Ian McTurk | Philip Casnoff (新しいタブで開く) |
| Christopher Low | Roger Bart (新しいタブで開く) |
| Jack Ramsay | Dan Tubb |
| Connie Boon | Toni DiBuono |
| Miss Drumgoole | Alison Fraser (新しいタブで開く) |
| Rowena | Mari Nelson |
| Bernard Coates | Tom Aulino |
| Father Brodie / Old Man | Stephen Temperley |
| Mayor | Joel McKinnon Miller (新しいタブで開く) |
| Georgina | Marnie Carmichael |
| Lilly Corbett / Man in the Hole | Judith Cohen (新しいタブで開く) |
このほかBrian Arsenault、Scott Carollo、Mindy Cooper、Dorothy R. Earle、Julia C. Hughes、Gary Mendelson、Jim Newmanらがアンサンブルを務めています。出典 (新しいタブで開く)
特に注目したいのは、
Philip Casnoff / Roger Bart / Dan Tubb
の3人です。
この3人が、Ortonの脚本における中心的な「若い男3人組」を演じています。The New Yorkerもこの3人を名指しで取り上げています。出典 (新しいタブで開く)
ちなみにRoger Bartはその後かなり有名になる俳優で、現在では『The Producers』『Young Frankenstein』などで知られる人物です。Alison Fraserも後にTony Award候補になる俳優です。
上演期間はどのくらいだったのか
ここは資料によって少し混乱します。
現在のOff-Broadway資料では、
1989年11月14日開幕 → 16公演
となっています。出典 (新しいタブで開く)
また、当時の資料には11月19日の公演を記録したものもあります。したがって、 「11月に開幕して、ごく短期間で終了した」 という点は明確です。
16公演という数字はかなり短いです。
つまり、
何週間も試行錯誤しながら上演したが最終的に打ち切り
というより、
開幕 → 批評が出る → 短期間で終了
というタイプの失敗だったと考えるのが自然です。
評論は相当に厳しかった
当時の主要紙であるNew York TimesのMel Gussowによるレビューは、かなり辛辣でした。
Gussowはこの作品について、要するに、
「部分的で、報われない回答」
と評しています。出典 (新しいタブで開く)
つまり、Ortonの幻のBeatles映画脚本を舞台にしたことで、
「もしこの映画が作られていたらどうなっていたのか?」
という長年の疑問に対する答えを多少は得られるかと思ったが、実際の舞台は期待に応えていない、という評価です。出典 (新しいタブで開く)
さらにGussowが問題視したのがRundgrenの音楽と歌詞でした。
彼はRundgrenの音楽を、
Brecht / WeillからGilbert & Sullivanまでの「pastiche」
のようなものだと捉え、さらにOrtonの機知を歌詞に変換することに成功していないと批判しています。
かなり厳しいですね。
The New Yorkerもさらに厳しい
Mimi Kramerによる1989年12月のThe New Yorker評は、ほぼ壊滅的です。
彼女はまず、
第2幕にはOrtonらしい笑いが少しある。
と認めています。
しかし、
その第2幕を見るためには第1幕を我慢して見なければならない。
という評価です。出典 (新しいタブで開く)
そして作品そのものについて、
「unspeakably and unimaginably dull」
つまり
言葉では言い表せないほど、想像を絶するほど退屈
とまで書いています。これは相当な酷評です。
では、Rundgrenの音楽そのものがダメだったのか?
Kramerの批判は、Rundgrenの音楽を単純に「下手」と言っているわけではありません。
むしろ、
earnest, self-pitying ballads
つまり生真面目で、自己憐憫的なバラードが多すぎる
と批判しています。
そして彼女が問題にしたのは、
Joe Ortonのブラック・コメディ的な世界観と、Rundgrenのミュージカル的な音楽語法が噛み合っていない
ということです。
これは現在『Up Against It!』のアルバムを聴くと、かなり興味深い問題です。
というのも、アルバムだけ聴くと、
「これは結構面白いRundgren作品じゃないか」
と思える曲がかなりあります。
ところが1989年の舞台では、
Ortonの不条理・ブラックユーモア
↓
Rundgrenのかなり正統的なミュージカル曲
↓
俳優がそれを歌う
という構造になった。
Kramerはこれを失敗と見ています。
演出上の問題
批評家が問題にしたのはRundgrenだけではありません。
演出は Kenneth Elliott (新しいタブで開く)
The New Yorkerは、
Ortonに不可欠な「deadpan」な演技スタイルをElliottが作れていない
と批判しています。
これはかなり重要です。
Joe Ortonの笑いは、普通のコメディとは違います。
登場人物がものすごく馬鹿げたことを言っていても、
本人たちは大真面目
というところから笑いが生まれます。
ところが舞台版では、それが普通のミュージカル/コメディ的な演技になってしまった。
その結果、
Ortonの毒が消えた
というのが批評家の見方です。
さらに「Beatles映画」としても中途半端だった
Ortonの元々の脚本は、
『A Hard Day’s Night』や『Help!』のようなBeatles映画
を念頭に置いたものです。
ところがBeatlesが脚本を拒否した後、Orton自身が書き直しています。
つまり1989年版は、
Beatles映画として書かれた素材 + Orton後期のブラックユーモア + Rundgrenのミュージカル
という非常に複雑なハイブリッドになっています。
The New Yorkerは第1幕について、
『A Hard Day’s Night』『Help!』をモデルにしたような若者の逃走劇
になっていて、Ortonらしさがほとんどないと指摘しています。
これはかなり本質的な問題だったと思います。
では、なぜ一度で終わったのか
資料から見ると、理由は一つではなく、少なくとも3つあります。
① 批評が非常に悪かった
これは最大の要因です。
New York Times、The New Yorkerなど主要媒体が否定的でした。
特にThe New Yorkerは、
- 脚本
- Rundgrenの音楽
- 演出
- 演技
のほぼ全てに問題があるとしています。
② 作品そのものの構造に問題があった
Ortonの脚本はそもそも映画用。
それをそのまま舞台ミュージカルにするには、かなり大胆な再構成が必要でした。
しかしTom Rossによる舞台化は、映画脚本の性格をかなり残したままミュージカルにしています。
そのため、
映画的な展開 × 舞台ミュージカル
の間に違和感が生じています。
③ Rundgrenの音楽とOrtonの世界観が一致しなかった
これが最大の「創作上の問題」です。
Rundgrenは非常に多様な音楽を書ける人ですが、この作品ではむしろ、
「本格的なミュージカルを書こう」
という方向に行っています。
ところがOrtonに必要なのは、
「真面目な顔で馬鹿げたことをやる」
という演劇的世界。
そのギャップが大きかった。
ただし、完全な失敗作だったわけでもない
ここは訂正しておきたいところです。
後世の資料を見ると、この作品はDrama Desk Awardの候補になっています。Tony Awardではありません。Off-Broadway作品なのでTonyの対象外です。出典 (新しいタブで開く)
つまり、
「誰からも評価されず、完全に無視された」
という作品ではありません。
むしろ、
非常に野心的な作品だったが、舞台としての完成度が追いつかなかった
と見るほうが正確でしょう。
そして、Rundgren本人はどう考えていたのか
Rundgrenは後年、この作品を完全に失敗作として捨ててはいません。
むしろ彼は、再演・再構成する可能性を考えていました。
そして2004年にはJoe’s Pubで再びこの作品を取り上げています。
さらにRundgren自身は、後年のインタビューで、ミュージカルについて「Broadwayで成功させるには莫大な金と時間が必要で、全てが揃っていなければ誰も始めたがらない」という趣旨の話をしています。
つまり彼自身も、
「舞台作品として完成させることの難しさ」
を実感していたのでしょう。
楽曲に関して
1989年の舞台については、
Ortonの脚本 × Rundgrenの音楽 × 演出
という「総合芸術」として失敗した。
しかしRundgrenが後に残した音源そのものは、別の評価が可能です。
実際、1989年の舞台で批評家が酷評した曲の中には、その後Rundgrenが『2nd Wind』などで再利用したものがあります。『The Smell of Money』『Love in Disguise』『If I Have to Be Alone』などです。
つまり、
「ミュージカルとしては失敗したが、Rundgrenの楽曲としては再評価できる」
ここまで資料を突き合わせると、1989年の実際の上演をかなり具体的に復元できます。特に重要なのは、Todd Rundgrenの1997年アルバム『Up Against It!』の15曲を、そのまま「1989年舞台の曲順」と考えてはいけないことです。
1989年公演については、当時の公演音源のトラック・ログが残っており、台詞・場面転換・劇中音楽まで含めたAct I / Act IIの進行が記録されています。これと2004年の再演、Joe Ortonの原脚本を照合すると、かなりのところまで復元できる。
| # | 1997年アルバム | 1989年舞台での位置 | 歌唱・出演者 | 確度 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | When Worlds Collide | Act I冒頭、McTurk/Low追放 | Mayor / Father Brodie / Connie Boon | 確定 |
| 2 | Free, Male & 21 | Act I、McTurkとLowの逃亡 | Christopher Low / Ian McTurk | 確定 |
| 3 | The Smell of Money | Act I、Coates邸 | Bernard Coates | 確定 |
| 4 | If I Have to Be Alone | Act I後半、McTurkの孤独 | Ian McTurk | 確定 |
| 5 | Up Against It | Act I、Ramsay登場・反政府活動 | Jack Ramsay | 確定 |
| 6 | Life Is a Drag | Act I終盤、男性群 | Men’s ensemble | 確定 |
| 7 | Parallel Lines | Act I後半、Drumgoole | Miss Drumgoole | 確定 |
| 8 | Lili’s Address | Act I終盤→Act IIへの境目 | 女性側/Lili | ほぼ確定 |
| 9 | Love in Disguise | 1989年音源では確認できない | Rowena / McTurk / chorus | 要注意 |
| 10 | Maybe I’m Better Off | Act II、McTurk / Low | Ian McTurk / Christopher Low | 確定 |
| 11 | You’ll Thank Me in the End | Act II、Connie | Connie Boon | 確定 |
| 12 | From Hunger | Act II、Low | Christopher Low | 確定 |
| 13 | We Understood Each Other | 1989年音源では確認できない | ― | 要注意 |
| 14 | Entropy | Act II終盤、4人 | Drumgoole / McTurk / Low / Ramsay | 確定 |
| 15 | Finale | 最終場面 | Full cast / chorus | 確定 |
そして、かなり重要な点として 『Love in Disguise』と『We Understood Each Other』は、少なくとも現存する1989年公演音源の進行表には出てきません。
一方、2004年の再構成公演では『Love in Disguise』は歌われていますが、『We Understood Each Other』は歌われていません。したがって、この2曲は「1989年の完成した舞台で実際に使われた」と単純に断定できない。出典 (新しいタブで開く)
Act I
Overture → When Worlds Collide
冒頭は単なる歌から始まるのではなく、
Overture / Introduction
↓
台詞
↓
When Worlds Collide
という構成だったことが公演音源のログから分かります。
ここで登場するのが、
- Ian McTurk — Philip Casnoff
- Christopher Low — Roger Bart
- Father Brodie — Stephen Temperley
- Mayor — Joel McKinnon Miller
- Connie Boon — Toni DiBuono
- Miss Drumgoole — Alison Fraser
- Rowena — Mari Nelson
など。
物語の冒頭では、McTurkとLowが町から追放されます。
McTurkはRowenaとの性的関係、LowはWar Memorialの破壊が問題になっている。
Ortonの原脚本でもここが物語の出発点です。出典 (新しいタブで開く)
そしてWhen Worlds Collideは、Mayor、Father Brodie、Connie Boonの3人による導入曲。
2004年の再演ではこの配役が明確に再現されています。
When Worlds Collide — The Mayor / Father Brodie / Connie Boone
つまりこの曲は、Toddの1997年版では一人で多重録音されていますが、舞台では政治・宗教・警察という権力側3人によるオープニング・アンサンブルだったわけです。
Parallel Lines
その後、McTurkとLowの追放後の展開。
公演音源では、
Dialogue → Parallel Lines → Dialogue
となっています。
そして2004年の再演では明確に、
Parallel Lines — Miss Drumgoole
となっています。
つまりこれはAlison FraserのMiss Drumgooleのナンバーです。
DrumgooleはMcTurkに恋しているものの、彼からは相手にされない女性。
この「報われない恋」が、後のEntropyやFinaleにつながります。
Free, Male & 21
ここはかなり明確です。
Christopher Low / Ian McTurk
のデュエット。
1989年の実際の公演音源でも、
Dialogue → Free, Male & 21 → Dialogue
という順番になっています。
タイトル通り、追放された若い男二人の、かなり「自由な若者」的な場面です。
The New Yorkerがこの作品の第1幕について、Casnoff、Bart、Tubbの若い男3人を中心にした、BeatlesのA Hard Day’s Night / *Help!*型の展開だと指摘しているのも、このあたりを指しています。
The Smell of Money
ここでChristopher LowがBernard Coatesの邸宅に入り込みます。
Bernard Coates — Tom Aulino
のソロです。
原作ではCoatesは金持ちで、Rowenaと結婚する人物。
そして面白いことに、この曲について2004年の再演レポートは、
「very funny, lots of laughs」
と記録しています。
これは重要です。
1989年のNew York TimesやNew Yorkerが作品全体をかなり酷評している一方で、The Smell of Moneyだけは後年もコメディとして機能していたことが分かります。
The Smell of Money Reprise
1997年アルバムには独立したトラックとして入っていませんが、1989年の公演音源には、
The Smell of Money → dialogue → “Rowena gliss” → The Smell of Money reprise (waltz)
という展開が記録されています。
つまりアルバムは舞台の全音楽をそのまま収録しているわけではない。
ここはかなり重要です。
If I Have to Be Alone
その後、McTurkが一人になる場面。
Ian McTurk — Philip Casnoff
です。
New York Timesのレビューが特にこの曲を名指ししており、
Casnoff carries the primary burden of the score
という評価をしています。
つまりこの曲は1989年舞台でかなり重要なMcTurkのソロだったと考えてよいでしょう。
そして批評家がここを特に批判した。
Casnoffの歌唱自体よりも、曲調がOrtonの世界観から浮いているという批判です。
Up Against It
ここでJack Ramsayが本格的に登場します。
Jack Ramsay — Dan Tubb
のタイトル曲。
2004年にも、
Up Against It — Ramsay
と明確に記録されています。
原脚本ではRamsayはアナーキストで、政府転覆・首相暗殺を企てる人物です。
つまりタイトル曲は単なる「作品のテーマ曲」ではなく、
Jack Ramsayという革命家のテーマ
と見るのが適切です。
Life Is a Drag
その後、男性群によるナンバー。
1989年の公演音源では、
"LIFE IS A DRAG" MISSING
→ incidental music (“LIFE IS A DRAG”)
→ dialogue
となっています。
つまり残っている音源では完全版が欠落している。
2004年の再演では、
Life Is a Drag — Men’s Chorus
と明記されています。
したがって、1989年も基本的には男性アンサンブルのナンバーだった可能性が高いです。
Lili’s Address
ここからかなり謎めいてきます。
1989年の公演音源では、
Life Is a Drag → dialogue → Lily’s Address → Act II
となっています。
つまりこれはAct Iの最後に置かれた大きなナンバーだったと考えられます。
ただし役名には資料間の揺れがあります。
1989年キャスト表では、
Judith Cohen — Lilly Corbett / Man in the Hole
となっています。
一方、Rundgrenのアルバムについての分析では、この曲の女性リードを**「lady PM」**と解釈しています。
さらに2004年の再演では、
Lili’s Address — Lili Palmer and Women’s Chorus
と記録されています。
したがって、ここは資料上完全には整理できません。
ただし、舞台構造としては、
Act Iの最後に女性側/政治側の大きなアンサンブル・ナンバー
だったことはかなり確実です。
Act II
Act IIはEntr’acte → Connie fanfare → dialogueから始まります。
ここから舞台はかなり政治的・軍事的な方向へ進みます。
You’ll Thank Me in the End
Connie Boon — Toni DiBuono
のナンバーです。
Connieは警察・政府側の人物ですが、単純な「悪役」ではありません。
Ortonの世界では、政治的立場がどんどん反転します。
この作品の面白さは、誰が政府側で誰が反政府側なのかが固定されないところにあります。
Maybe I’m Better Off
これは、
Ian McTurk — Philip Casnoff
Christopher Low — Roger Bart
のデュエット。
そして1989年の公演音源でも、
Maybe I’m Better Off → Waves → dialogue
となっています。
つまり単なる独立した歌ではなく、McTurkとLowの状況が変化する場面をつなぐナンバーです。
From Hunger
ここはChristopher Low。
Christopher Low — Roger Bart
です。
1989年音源では、その前に
Waves → Drumgoole Overboard → dialogue → From Hunger
という流れがあります。
これは原脚本のストーリーとも一致します。
DrumgooleがMcTurkに拒絶され、海に身を投げる。
その後、主人公たちは船・海上の混乱へ進んでいきます。
つまりここはかなりドラマチックな転換点です。
ここで「Love in Disguise」の問題
1997年アルバムには、
Love in Disguise
があります。
2004年の再演では、
Love in Disguise — Rowena / McTurk / Full Chorus
と明記されています。
しかし、1989年公演音源の詳細なAct I / Act IIログにはこの曲がありません。
これは非常に重要です。
したがって、
「Love in Disguiseは1989年舞台の曲だった」
とは言えますが、
「1989年の16公演で、この形で実際に歌われた」
とは現存資料だけでは断定できません。
むしろ、
1989年版ではカット/未使用だった曲を、2004年の再構成で復活させた
可能性があります。
We Understood Each Otherはさらに怪しい
同じ問題が、
We Understood Each Other
です。
1997年アルバムには存在しますが、1989年の公演音源の詳細ログにはありません。
そして2004年の再演の曲目にもありません。
したがって現段階では、
Rundgrenが『Up Against It』のために書いたが、1989年の完成舞台では使われなかった可能性が高い曲
として扱うのが最も安全です。
Entropy
1989年公演音源では、
From Hunger
→ dialogue
→ Entropy
→ Big Chase
→ dialogue
→ Connie Gets Mad
→ Parallel Lines reprise
→ Finale
という終盤構成になっています。
そして2004年版では、
Entropy — Drumgoole / McTurk / Low / Ramsay
と明記されています。
つまり、
Alison Fraser
Philip Casnoff
Roger Bart
Dan Tubb
の4人による終盤の重要なアンサンブル。
ここで主人公3人+Drumgooleが集結します。
Parallel Lines — Reprise
そして非常に重要なのが、
Parallel Lines reprise
です。
これは1997年アルバムでは独立トラックとして存在しません。
2004年版では、
Parallel Lines Reprise — McTurk
とされています。
つまり1997年版は、1989年舞台で使われた音楽を完全収録したものではなく、Toddが「スコア/デモ集」として再構成したアルバムだということが、ここでも確認できます。
Finale
最後は、
Full Cast and Chorus
です。
原脚本の結末では、最終的にMcTurk、Low、Ramsayの3人がDrumgooleと結婚するという、とんでもない結末になります。
Father Brodieが結婚式を執り行い、全員が参加する。
したがって、
Finale = 全キャスト
というのは、物語構造上も非常に納得できます。
1989年版のプログラム
1989年公演の現存する音源ログに記録された順番です。
-
ACT I
- Overture
- Dialogue
- WHEN WORLDS COLLIDE
- Mayor / Father Brodie / Connie
- SHOW THEM THE DOOR(劇中音楽)
- PARALLEL LINES
- Miss Drumgoole
- FREE, MALE & 21
- McTurk / Low
- FAT MAN(劇中音楽)
- THE SMELL OF MONEY
- Bernard Coates
- ROWENA GLISS
- THE SMELL OF MONEY – Reprise
- IF I HAVE TO BE ALONE
- McTurk
- INTO TOWN(劇中音楽)
- UP AGAINST IT
- Jack Ramsay
- SHORT CHASE(劇中音楽)
- LIFE IS A DRAG
- Men’s ensemble
- LILI’S ADDRESS
- INTERMISSION
-
ACT II
- Entr’acte
- CONNIE FANFARE
- YOU’LL THANK ME IN THE END
- Connie
- MAYBE I’M BETTER OFF
- McTurk / Low
- WAVES
- DRUMGOOLE OVERBOARD
- FROM HUNGER
- Low
- ENTROPY
- Drumgoole / McTurk / Low / Ramsay
- BIG CHASE
- CONNIE GETS MAD
- PARALLEL LINES – Reprise
- McTurk
- FINALE
- Full Cast
- Bows
1997年リリースの音源
Rundgrenの1997年のアルバム Up Against It! (新しいタブで開く) は、1986~89年に彼が作ったミュージカル用のデモ/楽曲をまとめたものです。したがって、1989年の舞台公演をそのまま録音した「Original Broadway Cast Recording」ではありません。
収録曲は、
- When Worlds Collide
- Free, Male & 21
- The Smell of Money
- If I Have to Be Alone
- Up Against It
- Life Is a Drag
- Parallel Lines
- Lili’s Address
- Love in Disguise
- Maybe I’m Better Off
- You’ll Thank Me in the End
- From Hunger
- We Understood Each Other
- Entropy
- Finale
という、かなり本格的なミュージカル一作品分のスコアになっています。
ちなみに「Parallel Lines」は後のRundgrenのソロアルバム Nearly Human (新しいタブで開く)にも別バージョンで収録され、「The Smell of Money」「If I Have to Be Alone」「Love in Disguise」は 2nd Wind (新しいタブで開く)に再録されています。
1997年の『Up Against It!』は、実際にはToddが一人で歌ったデモ/スコア・プレゼンテーションに近いものです。
したがって、1997年盤を聴くときには、
「Todd Rundgrenが一人で完成形を演奏したミュージカル」
ではなく、
「1989年の舞台用に書かれたスコアをToddがデモとして再現したアルバム」
と考えるのが正確です。
そしてこの観点から聴き直すと、『The Smell of Money』『Entropy』『Finale』などは、実際の舞台上でどのように演じられたのかがかなり想像できるようになります。
特に面白いのは、1989年公演の約78分の音源が存在するとされ、その中に「台詞+音楽」の完全な進行がかなり残っていることです。今回見つかった資料では、その音源のAct I/IIのトラック構成まで掲載されています。
Up Against It (1997) との比較
こうなります。
| 1997 album | 1989 stage |
|---|---|
| When Worlds Collide | ○ 実演確認 |
| Free, Male & 21 | ○ |
| The Smell of Money | ○ |
| If I Have to Be Alone | ○ |
| Up Against It | ○ |
| Life Is a Drag | ○ |
| Parallel Lines | ○ |
| Lili’s Address | ○ |
| Love in Disguise | ? |
| Maybe I’m Better Off | ○ |
| You’ll Thank Me in the End | ○ |
| From Hunger | ○ |
| We Understood Each Other | ? |
| Entropy | ○ |
| Finale | ○ |
つまり、15曲のうち13曲については1989年舞台との対応をかなり明確に確認できます。
残る2曲、
Love in Disguise
We Understood Each Other
については、少なくとも現在確認できる公演音源ログからは実演を確認できません。
これはかなり重要な発見です。
最終的に脚本はどのような評価なのか
Joe Ortonの『Up Against It』は、彼の代表作と並ぶ完成度の高い戯曲として評価されている作品ではありません。しかし、彼の風刺的な発想を知るうえで興味深い、未映画化の脚本である。
そして1989年のミュージカル版については、原作の映画的な構成を舞台に移すこと、Ortonのブラックユーモアを維持すること、音楽を物語に統合することに課題があり、当時の主要な批評家から厳しい評価を受けました。
ただし、ここで重要なのは、原作とミュージカル版の評価を混同しないことです。
Ortonの脚本が映画としてどのように完成した可能性があるのか、そしてそれを舞台ミュージカルにした場合にどのような演劇的効果が生まれるのか。この2つは別の問題である。
『Up Against It』の歴史的な興味深さは、完成された傑作であることよりも、Ortonの作家性と、映画・ポップカルチャー・ミュージカルという異なる表現形式の間にある難しさを示している点にある。