Manny's Music - ニューヨークの音楽史を支えた伝説の楽器店(5)
Manny’s Musicをめぐる営業上の出来事
ニューヨークのマンハッタンに存在した Manny’s Music(マニーズ・ミュージック) は、単に楽器を販売する店ではなかった。20世紀のアメリカのポピュラー音楽、とりわけロック、ジャズ、ブルースの歴史を、楽器の販売という側面から支えてきた存在である。
世界中からミュージシャンが集まったニューヨークで、Manny’sはギター、アンプ、ドラム、キーボードなどを扱い、プロの演奏家からアマチュアまで幅広い顧客を迎えていた。店を訪れた著名なミュージシャンの写真やサインが店内を飾り、楽器を買う場所であると同時に、音楽業界の人々が出会い、情報を交換する場所にもなっていた。
その歴史を理解するうえで重要なのは、Manny’sを単なる老舗小売店として見るのではなく、楽器メーカー、プロの演奏家、ツアー・ミュージシャン、ニューヨークの音楽文化を結びつけた拠点として捉えることだ。
以下では、開店から閉店までの経緯、取り扱い製品、経営環境の変化、事業継承、店舗で起きた出来事、そして訪れた著名ミュージシャンにまつわるエピソードを、確認できる歴史的事実と伝承を区別しながら詳しく解説する。
なお、著名人に関する逸話は、写真などで来店を確認できることと、本人が実際にその店で楽器を購入したこと、店員と個人的な交流があったことを、それぞれ区別する必要がある。伝説的な店であるだけに、後年の回想や出典の不明確な話も混在しているためだ。
5. Manny’s Musicをめぐる営業上の出来事
Manny’sには、著名人の来店以外にも、店舗の個性を伝える出来事がいくつも残されている。
特に興味深いのは、同店が単なる有名人向けの店ではなく、独特の接客方針を持った楽器店だったという点である。
5-1. 「You try it, you buy it」――試奏に厳しい店だった
Manny’sの接客を象徴する言葉として知られているのが、Henry Goldrichの「You try it, you buy it」という方針である。
直訳すれば「試すなら買え」という意味になる。
もちろん、文字どおり試奏しただけで購入を義務づけるというよりも、店頭の楽器をむやみに試して傷つけることを避けたいという考え方を示す言葉だった。
当時のManny’sでは、購入する意思が明確でない顧客が、高価なギターを自由に試奏することは簡単ではなかったという。
店員の対応は、現代の大型楽器店に慣れた人から見ると、かなり厳しく感じられたかもしれない。
しかし、当時の48丁目は、楽器店が競争する激しい商業地区でもあった。
商品の管理と販売効率を重視する姿勢は、その環境のなかで形成されたものと考えられる。
この方針は、後述する「黄色いギター」の逸話にもつながっている。
参考:CultureSonar「Rockeology: Old Yellow」 (新しいタブで開く)
5-2. 「黄色いギター」――George Harrisonも欲しがった一本
Manny’sにまつわる有名な逸話の一つが、通称「The Yellow Guitar(黄色いギター)」である。
このギターは、黄色に塗装されたDanelectro製のギターだった。
もともと特別な限定モデルだったわけではなく、写真撮影に使用された楽器を塗装し直したものだったとされる。
Henry Goldrichは、顧客が新しいギターを自由に試奏することを避ける一方で、アンプやエフェクターを試したい顧客には、実際に演奏できる楽器を用意する必要があった。
そこで活用されたのが、この黄色いギターだった。
顧客が新しいアンプやエフェクターを試す際、店頭の高価なギターを持ち出す代わりに、このギターを使用させたのである。
その結果、黄色いギターは多くの顧客の手に渡り、Manny’sを象徴する存在になった。
さらに有名なのが、George Harrisonとの逸話である。
Goldrich家の回想によれば、Harrisonはこのギターを気に入り、購入を申し出たという。しかし、Henryは売却を断った。
このエピソードが興味深いのは、相手がThe Beatlesのメンバーであっても、店の運営方針を変えなかったという点だ。
通常なら、有名ミュージシャンから購入を申し出られれば、特別な対応をすることも考えられる。しかし、Henryにとって黄色いギターは、単なる販売商品ではなく、店内で機材を試すための重要な道具だった。
なお、この話はGoldrich家の回想に基づく逸話であり、購入申し出の詳細については伝聞として扱うのが適切である。
参考:CultureSonar「Rockeology: Old Yellow」 (新しいタブで開く)、黄色いギターに関する記事 (新しいタブで開く)
5-3. 店内に著名人の写真が増え続けた
Manny’sを訪れた人が最初に驚いたものの一つが、壁を埋め尽くすサイン入り写真だった。
写真には、ミュージシャンの肖像だけでなく、MannyやHenryに宛てたメッセージが書かれているものもあった。
これは、店舗が著名人に楽器を販売したという記録であると同時に、長年にわたって築かれた個人的な関係の記録でもあった。
こうした写真が増えていった背景には、Manny’sがニューヨークを訪れるミュージシャンにとって、定番の立ち寄り先になっていたことがある。
著名人が来店するたびに写真を撮り、サインを残す。その繰り返しによって、店舗自体が音楽業界の歴史を記録する場所になっていった。
2009年の閉店時には、この写真の保存が大きな課題となった。
5-4. Guns N’ Rosesのミュージックビデオにも登場
Manny’sは、楽器店としてだけでなく、ロック文化を象徴する場所として映像作品にも登場している。
その一例が、Guns N’ Rosesの「Paradise City」のミュージックビデオである。
この映像にManny’sが登場することは、同店が当時のロック・ミュージシャンにとって、広く知られた場所だったことを示している。
単に著名人が楽器を購入する場所というだけでなく、ロック文化を視覚的に表現する背景としても認識されていたのである。
5-5. 閉店直前にも、店を惜しむミュージシャンが集まった
2009年の閉店に際しては、Manny’sに長年通ってきたミュージシャンたちが、店舗の記憶を残すために協力した。
『The New Yorker』の記事では、The Lovin’ Spoonfulのジョン・セバスチャン、Tom Chapin、Mountainのレスリー・ウェストが店内に集まり、Manny’sでの思い出を語る様子が紹介されている。
彼らは単に有名人として店を訪れたのではない。若い頃からManny’sに通い、楽器を購入し、店員と交流してきた顧客だった。
こうした人々が閉店前に集まったことは、Manny’sが音楽業界の人々にとって、長年にわたる個人的な記憶の場所だったことを示している。