Manny's Music - ニューヨークの音楽史を支えた伝説の楽器店(6)

Manny’sを訪れた著名ミュージシャン

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ニューヨークのマンハッタンに存在した Manny’s Music(マニーズ・ミュージック) は、単に楽器を販売する店ではなかった。20世紀のアメリカのポピュラー音楽、とりわけロック、ジャズ、ブルースの歴史を、楽器の販売という側面から支えてきた存在である。

世界中からミュージシャンが集まったニューヨークで、Manny’sはギター、アンプ、ドラム、キーボードなどを扱い、プロの演奏家からアマチュアまで幅広い顧客を迎えていた。店を訪れた著名なミュージシャンの写真やサインが店内を飾り、楽器を買う場所であると同時に、音楽業界の人々が出会い、情報を交換する場所にもなっていた。

その歴史を理解するうえで重要なのは、Manny’sを単なる老舗小売店として見るのではなく、楽器メーカー、プロの演奏家、ツアー・ミュージシャン、ニューヨークの音楽文化を結びつけた拠点として捉えることだ。

以下では、開店から閉店までの経緯、取り扱い製品、経営環境の変化、事業継承、店舗で起きた出来事、そして訪れた著名ミュージシャンにまつわるエピソードを、確認できる歴史的事実と伝承を区別しながら詳しく解説する。

なお、著名人に関する逸話は、写真などで来店を確認できることと、本人が実際にその店で楽器を購入したこと、店員と個人的な交流があったことを、それぞれ区別する必要がある。伝説的な店であるだけに、後年の回想や出典の不明確な話も混在しているためだ。


6. Manny’sを訪れた著名ミュージシャン

ここからは、Manny’sの歴史を語るうえで欠かせないミュージシャンを取り上げる。

ただし、ここでは証拠の種類を区別する。

  • 購入記録・本人や関係者の証言:実際に楽器を購入した、あるいは店内での具体的な出来事が証言されている。
  • 来店・交流の記録:訪問や店内での交流が報道、回想、写真資料などで確認できる。
  • 写真の壁に記録された人物:Manny’sとの接点は示されるものの、個別の購入や会話の詳細までは確認できない場合がある。

著名人の名前を並べるだけでは、Manny’sの歴史を十分に理解できない。重要なのは、それぞれの人物と店舗との関係が、どの程度具体的に記録されているかという点である。

6-1. Jimi Hendrix

Manny’sを語るうえで、最も具体的な購入記録が残されている人物の一人がJimi Hendrixである。

Hendrixは1969年7月11日、ニューヨークのManny’sを訪れ、複数の楽器や機材を購入した。

公式のHendrix関連資料によれば、その購入総額は1,756ドル30セントだった。

購入品には、以下のものが含まれていた。

  • Epiphone Casino
  • Gibson Les Paul
  • Echoplex
  • Innovex製品
  • ギターの弦
  • ケーブル類

この記録は、単にHendrixがManny’sを訪れたという話よりも具体的である。日付、店舗の住所、購入総額、機材名が記録されているためだ。

特に注目したいのは、購入品の構成である。

ギター本体だけでなく、Echoplexなどのエフェクト機材、さらに弦やケーブル類も購入している。

Steve Millerとの関わり

1969年末から1970年初頭ごろ、HendrixはManny’sに左利き用のFender Stratocasterを2本注文しました。色は黒と白。しかし、Hendrixは結局この2本を引き取らず、ギターは店に残されました。

その後、Manny’sのオーナー、Henry Goldrichと親交のあったSteve Millerが、この2本を購入します。

Millerはギターを自分が弾きやすいように調整し、白いストラトキャスターを実際のレコーディングでも使用したと振り返っています。アルバム『Fly Like an Eagle』の録音で使った可能性にも触れていますが、本人も断定はしていません。出典 (新しいタブで開く)

こちらは、楽器店がミュージシャンと機材メーカーをつなぐ接点になっていたことを示す話です。

Electro-Harmonixとの関わり

Electro-Harmonix創業者のMike Matthewsは、1960年代からヘンドリックスと交流がありました。

1969年、Matthewsは新製品のBig MuffをManny’sに持ち込み、店主のヘンリーに販売を委ねました。その約1週間後、ケーブルを買いに店を訪れると、ヘンリーから「Jimi HendrixにBig Muffを売った」と知らされます。出典 (新しいタブで開く)

後日、Matthewsがヘンドリックスのスタジオを訪ねた際、ヘンドリックスの足元には実際にBig Muffが置かれていたといいます。

ただし、ここは注意が必要です。ヘンドリックスの有名なギターサウンド全般がBig Muffによって生まれた、という意味ではありません。 マシューズ自身も、ヘンドリックスの代表的なサウンドの基盤はFuzz Faceだったと説明しています。また、Big Muffを特定の録音で使用したことについては、確実な記録が残っていません。

それでも、製品を店に卸し、店主から販売先を聞き、スタジオで本人の使用を確認するという流れは、当時の機材業界とミュージシャンの関係をよく表しています。

出典:Jimi Hendrix公式サイトの記録 (新しいタブで開く)

6-2. The Beatles

The BeatlesとManny’sの関係については、Henry Goldrichの回想に基づく興味深いエピソードが残されている。

1960年代半ば、The BeatlesのメンバーがManny’sを訪れた。

Goldrichが後年語ったところによれば、店は非常に忙しく、すぐに接客できる販売員がいなかったため、メンバーにしばらく待ってもらうことになった。

彼らは特別扱いを求めるのではなく、店内で約30分待っていたという。

この話は、The Beatlesのような世界的なスターであっても、Manny’sでは通常の営業が行われていたことを示している。

さらに、彼らがギターを購入しようとした際のエピソードも伝えられている。

Goldrichの回想によれば、The Beatles側はアルバムに関連してギターを必要としていた。店側はメーカーに連絡し、特別に提供できないか確認したが、メーカー側は無償提供を断り、原価での販売を申し出た。

ジョン・レノンは、そのギターを次のアルバムのジャケットに載せると伝えることを提案したものの、メーカー側はそれでも無償提供を認めなかったという。

この話は、後に『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』に関連する出来事として語られている。

ただし、回想者自身がギターのメーカーやモデルを正確には覚えていなかったことなどから、細部については慎重に扱う必要がある。

それでも、世界最大級の人気を誇ったバンドであっても、楽器メーカーとの商取引では通常の条件が適用されることがあったという点で、興味深い逸話である。

出典:Guitar World「The day the Beatles were turned down at Manny’s Music」 (新しいタブで開く)

6-3. George Harrison

George Harrisonについては、前述した「黄色いギター」の逸話が知られている。

Goldrich家の回想によれば、HarrisonはManny’sの店内で黄色いDanelectroを気に入り、購入を申し出た。

しかし、Henry Goldrichは売却を断った。

この話が事実であれば、Harrisonが世界的なスターであっても、店舗側は自分たちの営業方針を優先したことになる。

また、黄色いギターは、顧客が新しいアンプやエフェクターを試すための楽器として使われていた。

つまり、このギターはManny’sの接客方針と、著名なミュージシャンとの交流を同時に象徴する存在だったのである。

なお、この逸話はGoldrich家の回想に基づくもので、購入申し出の日時や詳細を独立した記録で確定できるわけではない。

参考:CultureSonar「Rockeology: Old Yellow」 (新しいタブで開く)

6-4. Ringo Starr

Ringo StarrとManny’sの関係については、The Beatlesの初期のアメリカ公演に関連する楽器の記録が残されている。

『The New Yorker』の記事では、Ringo Starrが、The Beatlesの「エド・サリヴァン・ショー」出演時に使用したLudwigのドラムセットをManny’sで入手したと紹介されている。

1964年のテレビ出演は、The Beatlesがアメリカで爆発的な人気を獲得するうえで重要な出来事だった。

その出演で使用された楽器にManny’sが関係していたという事実は、同店が単にロック・ミュージシャンの買い物先だっただけでなく、ポピュラー音楽史の象徴的な場面に間接的に関わっていたことを示している。

出典:The New Yorker「The Wall」 (新しいタブで開く)

6-5. Bob Dylan

Bob Dylanも、Manny’sと関係の深いミュージシャンの一人である。

Manny’sの店内に飾られていた写真のコレクションには、Dylanの写真も含まれていた。

また、Henry GoldrichはNAMMのインタビューで、Dylanのような著名なミュージシャンにギターやアクセサリーを販売した経験を語っている。

ただし、今回確認できた資料だけでは、Dylanが購入した楽器のモデルや購入日など、具体的な取引の詳細までは確定できなかった。

それでも、フォーク・ミュージックからロックへと活動の幅を広げていったDylanのようなミュージシャンが、Manny’sの顧客として記録されていることは、同店が多様な音楽ジャンルを支えていたことを示している。

出典:NAMM:Henry Goldrich (新しいタブで開く)

6-6. Paul Simon

Paul SimonとManny’sの関係は、単なる来店者という枠を超えている。

Henry Goldrichの回想を収録したNAMMの資料では、SimonがManny’sでクリニックを行ったことが紹介されている。

クリニックは、ミュージシャンが実際に演奏しながら技術や機材について紹介するイベントであり、顧客にとっては著名な演奏家のプレイを間近で見られる機会だった。

Simonは、Simon & Garfunkelの活動やソロ作品で知られ、アコースティックギターを中心とした音楽表現でも大きな影響力を持つアーティストである。

Manny’sでのクリニックは、同店がエレキギター中心のロック・ファンだけでなく、ソングライターやフォーク系の演奏家ともつながっていたことを示している。

出典:NAMM:Henry Goldrich (新しいタブで開く)

6-7. Buddy Rich

Buddy Richは、20世紀を代表するジャズ・ドラマーの一人である。

Manny’sでは、リッチによる店内クリニックが開催された。

ドラマーにとって、実際の演奏を間近で見ながら技術を学ぶ機会は貴重だった。ドラムは身体的な技術だけでなく、音量、タッチ、リズム、機材の選択などが演奏に大きく影響する楽器だからである。

Manny’sがこうしたイベントを開催していたことは、楽器を売るだけでなく、演奏技術や音楽文化を伝える場として機能していたことを示している。

出典:NAMM:Henry Goldrich (新しいタブで開く)

6-8. John Sebastian

The Lovin’ Spoonfulの創設メンバーであるJohn Sebastianは、Manny’sに長年通ったミュージシャンの一人だった。

2009年の閉店前には、Sebastianが店内でManny’sの思い出を語る様子が『The New Yorker』の記事に記録されている。

同記事では、SebastianがHenry GoldrichからGibson J-45を購入したことにも触れられている。

Sebastianは、Manny’sの魅力を振り返る際、店員とのやり取りが独特だったことにも言及している。

一般的な小売店の接客とは異なり、店員と顧客が互いに冗談を言い合うような関係があったという。

これは、Manny’sの接客が厳しかった一方で、長く通う顧客との間には独特の親密さも生まれていたことを示している。

出典:The New Yorker「The Wall」 (新しいタブで開く)

6-9. Leslie West

Mountainのギタリストとして知られるLeslie Westも、Manny’sに長年通ったミュージシャンの一人である。

『The New Yorker』の記事では、閉店前にWestが店内でギターのエフェクターを試していた様子が紹介されている。

この描写は、Manny’sが著名人の写真を飾るだけの店ではなく、ミュージシャンが実際に機材を試す場所だったことを伝えている。

また、Westが長年にわたってManny’sに通っていたことは、同店が一度きりの観光的な訪問先ではなく、演奏家にとって継続的に利用する楽器店だったことを示す。

出典:The New Yorker「The Wall」 (新しいタブで開く)

6-10. Tom Chapin

シンガーソングライターのTom Chapinも、閉店前のManny’sに集まったミュージシャンの一人だった。

『The New Yorker』の記事では、Chapin、John Sebastian、Leslie Westが店内で交流する様子が記録されている。

彼らは長年Manny’sに通ってきた顧客であり、閉店を前にして店舗の記憶を残そうとしていた。

この出来事は、Manny’sが単なる商品販売の場ではなく、ミュージシャンにとって長年の記憶が蓄積された場所だったことを象徴している。

出典:The New Yorker「The Wall」 (新しいタブで開く)

6-11. David Gilmour

Gilmourは1970年にニューヨークのManny’sでこのギターを購入しました。本人も後年、Christie’sのインタビューで購入先をManny’sと明言しています。

当時のPink Floydは、北米ツアー中でした。Gilmourはツアー開始時期に、Manny’sで黒いStratocasterを購入しています。しかし、ニューオーリンズで機材を積んだ車両が盗難に遭い、ギターを含む機材の一部を失ってしまいます。

ツアーは中断され、バンドは帰路につくことになりました。Gilmourはニューヨークに立ち寄り、Manny’sで再びStratocasterを購入します。これが、後に「Black Strat」として知られるギターです。Christie’sの解説によると、購入は1970年5月でした。

つまり、Black Stratは当初から特別な記念品として購入されたわけではありません。ツアー中の盗難で主要なギターを失い、演奏活動を続けるために購入した実用的な楽器でした。

この経緯は、後にロック史上屈指の有名ギターとなる楽器の来歴として、非常に興味深いものです。

このギターは、その後、Pink Floydの数多くの録音やライブで使われるようになりました。代表例として、次の作品が挙げられます。

  • 『The Dark Side of the Moon』(1973年)
  • 『Wish You Were Here』(1975年)
  • 『Animals』(1977年)
  • 『The Wall』(1979年)

Christie’sの解説では、Black Stratは1970年代から1980年代前半にかけて、Gilmourの主要な演奏・録音用ギターとして活躍したとされています。

したがって、Manny’sとGilmourの関係を語る際、Black Stratの購入は単なる買い物の記録にとどまりません。後のPink Floydの音楽を象徴する楽器の歴史が、Manny’sでの購入から始まったという点に大きな意味があります。

Gilmour本人は、2019年にChristie’sが公開したインタビューで、Manny’sについて次のように語っています。

“Manny’s was a very New York experience. I bought the Black Strat from Manny’s in 1970. The shop was already legendary. It’s hard to describe but it was a wonderful place.”

「Manny’sは、いかにもニューヨークらしい体験ができる場所だった。1970年にBlack Stratを買った。店はすでに伝説的な存在で、うまく言葉にするのは難しいが、素晴らしい店だった」という趣旨です。

また、Gilmourは後年のインタビューで、店を切り盛りしていたHenry Goldrichについても回想しています。

Gilmourによれば、ヘンリーは店の奥からギターを持ってきて、「これを弾いてみなよ」と試奏を勧めてくれたそうです。Pink Floydが使用する新品のギターの多くはManny’sで購入しており、ヘンリーは良質な楽器を選んでくれる人物だったといいます。

この証言からは、Manny’sが単に商品を陳列して販売する店ではなかったことがわかります。

著名な演奏家に対して、店主自身が楽器を選び、実際に試奏させる。GilmourにとってManny’sは、必要な機材を購入するだけでなく、信頼できる楽器を見つけるための場所でもあったのでしょう。

GilmourとManny’sの関係を考えるうえでは、アコースティックギターの逸話も見逃せません。

GilmourはMartin D-35というアコースティックギターを所有していました。この楽器は、後にPink Floydの楽曲「Wish You Were Here」と深く結びつくことになります。

ただし、購入経緯には重要な違いがあります。

Gilmour自身の説明によれば、彼はアコースティックギターを購入するためにManny’sへ向かっていました。その途中、48丁目の路上でギターを売ろうとしていた男性に声をかけられます。そこでMartin D-35を試奏し、気に入って購入したのです。つまり、このMartinはManny’sの店内で購入したものではありません。店へ向かう途中で出会ったギターでした。

このエピソードも、ニューヨークの楽器街ならではの光景です。楽器店に向かって歩いていたミュージシャンが、路上で思いがけず理想の楽器に出会う。しかも、そのギターが後に代表曲の制作に関わることになります。

Manny’sが位置していたマンハッタンの西48丁目周辺は、楽器店が集まるエリアとして知られていました。Gilmourの逸話は、店そのものだけでなく、当時の「Music Row」と呼ばれた一帯がミュージシャンにとって重要な場所だったことも示しています。

GilmourとManny’sの関係には、ギター以外の楽器を介した興味深い話もあります。

Todd Rundgrenの証言によれば、彼はManny’sでEMSのシンセサイザーを購入しました。その数週間後、店からRundgrenに連絡が入ります。Pink Floydのデヴィッド・Gilmourが同じシンセサイザーに興味を持って店を訪れたものの、在庫はRundgrenが購入した1台しかなかった、というのです。

店側は、RundgrenとGilmourを引き合わせてもよいかと尋ねました。こうしてGilmourはRundgrenのニューヨークのアパートを訪れ、彼のシンセサイザーを数時間にわたって試奏したとされています。

この話はRundgren本人が語ったもので、Pink FloydのファンサイトPulse & Spiritが2021年に紹介しています。

ただし、この交流がPink Floydの『The Dark Side of the Moon』におけるEMSシンセサイザーの使用に直接つながったと断定できる資料はありません。また、Rundgrenが購入したEMS VCS3と、GilmourがPink Floydの「On the Run」で使用したEMS Synthi AKSは別の機種です。両者を混同しないことが重要です。

出典: Pulse & Spirit / Todd Rundgren erinnert sich an Besuch von David Gilmour (新しいタブで開く)

さらに名前を挙げておきたい著名ミュージシャン

Manny’sの写真の壁や、店舗に関する歴史資料には、上記以外にも数多くの著名人が登場する。

ただし、ここでは写真の記録や店舗との関係が確認できることと、具体的な購入エピソードが確認できることを区別したい。

以下は、Manny’sの歴史を調べる際に重要な人物群である。

ミュージシャンManny’sとの関係・歴史的な意味
Eric Clapton来店した著名ギタリストの一人として、Manny’sの歴史を紹介する記事で名前が挙げられている。個別の購入内容については、今回確認できた資料では特定できない。
The Who写真の壁に関連するアーティストとして記録されている。Manny’sが英国のロック・ミュージシャンとも結びついていたことを示す。
The Rolling StonesManny’sに関係する写真資料や閉店時の記録に名前が登場する。個別の購入エピソードは未確認。
Johnny Cash写真の壁に関連する著名人の一人。カントリー音楽の大物も、Manny’sが記録していた音楽文化の範囲に含まれていた。
Buddy HollyManny’sの歴史を紹介する資料に登場する初期ロックの重要人物。
Johnny RamoneRamonesのギタリスト。パンク・ロックの時代にも、Manny’sがギター文化の一部であり続けたことを示す人物。
The Doors写真資料に名前が登場するロック・バンド。
Janis Joplin店舗に関連する写真資料に名前が登場する。
Don McLeanManny’sの写真資料に関連する人物として記録されている。
U2Manny’sを訪れた著名アーティストとして、閉店時の報道などで名前が挙げられている。
Guns N’ Roses「Paradise City」のミュージックビデオにManny’sが登場している。

この一覧の主な根拠は、Manny’sの写真資料を紹介した『The New Yorker』の記事、閉店時の『Premier Guitar』の記事、そしてManny’sの歴史を紹介する資料である。写真に写っているというだけで、特定の楽器を購入したと断定することはできない。

参考:The New Yorker (新しいタブで開く)、Premier Guitar (新しいタブで開く)、Guitar World (新しいタブで開く)

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