Manny's Music - ニューヨークの音楽史を支えた伝説の楽器店(3)
なぜManny’s Musicは閉店したのか?
ニューヨークのマンハッタンに存在した Manny’s Music(マニーズ・ミュージック) は、単に楽器を販売する店ではなかった。20世紀のアメリカのポピュラー音楽、とりわけロック、ジャズ、ブルースの歴史を、楽器の販売という側面から支えてきた存在である。
世界中からミュージシャンが集まったニューヨークで、Manny’sはギター、アンプ、ドラム、キーボードなどを扱い、プロの演奏家からアマチュアまで幅広い顧客を迎えていた。店を訪れた著名なミュージシャンの写真やサインが店内を飾り、楽器を買う場所であると同時に、音楽業界の人々が出会い、情報を交換する場所にもなっていた。
その歴史を理解するうえで重要なのは、Manny’sを単なる老舗小売店として見るのではなく、楽器メーカー、プロの演奏家、ツアー・ミュージシャン、ニューヨークの音楽文化を結びつけた拠点として捉えることだ。
以下では、開店から閉店までの経緯、取り扱い製品、経営環境の変化、事業継承、店舗で起きた出来事、そして訪れた著名ミュージシャンにまつわるエピソードを、確認できる歴史的事実と伝承を区別しながら詳しく解説する。
なお、著名人に関する逸話は、写真などで来店を確認できることと、本人が実際にその店で楽器を購入したこと、店員と個人的な交流があったことを、それぞれ区別する必要がある。伝説的な店であるだけに、後年の回想や出典の不明確な話も混在しているためだ。
3. なぜManny’s Musicは閉店したのか?
Manny’sの閉店については、単一の原因だけで説明するのは適切ではない。
確認できる資料からは、少なくとも次の要因が重なっていたことがわかる。
- 1999年のSam Ashへの売却以前から、経営上の問題を抱えていた。
- 家族経営の継承と事業拡大に伴う課題があった。
- 通販などの販売形態が変化していた。
- 48丁目のMusic Row自体が衰退していた。
- 2009年には、独立したManny’s店舗を維持するだけの採算が確保できなくなっていた。
これらを分けて考えてみよう。
3-1. 経営上の問題はSam Ashへの売却以前から存在していた
Manny’sは1999年にSam Ashに買収されたが、その背景には、Manny’s自体が経営上の困難を抱えていたという事情があった。
2009年の『Premier Guitar』の記事では、Sam Ash側が2008年の時点で、Manny’sの経営上の問題を認識しつつ、音楽業界にとって重要な店舗として存続させようとしていたことが報じられている。
つまり、2009年に突然経営が悪化したため閉店した、という単純な話ではない。
1999年の売却から2009年の閉店まで、約10年間にわたってブランドと店舗が維持されていたものの、最終的には独立した営業形態を継続できなくなったのである。
3-2. 第三世代への事業承継と経営の複雑化
家族経営の企業では、創業者や二代目が築いた事業を第三世代が引き継ぐ際、経営方針や事業構造を見直す必要が生じることがある。
Manny’sでも、IanとJuddの世代が事業に携わるようになった時期に、店舗販売以外の事業展開が行われていた。
関係者への取材を含むCultureSonarの記事では、録音関連事業、海外事業、カタログ通販などへの展開と、家族経営上の課題が語られている。
ただし、これらの事業が閉店にどの程度の財務的影響を与えたかを示す詳細な決算資料は確認できていない。
したがって、特定の投資の失敗が閉店を引き起こしたと断定することはできない。
それでも、Manny’sの閉店を考えるうえでは、店舗の立地や楽器市場の変化だけでなく、企業内部の経営課題も無視できない。
3-3. 通販の拡大と販売モデルの変化
Manny’sの経営を取り巻く環境は、1990年代から変化していた。
当時、楽器の購入方法は、実店舗で商品を比較して購入する方法だけではなくなりつつあった。
カタログ通販が拡大し、顧客が店舗に足を運ばなくても商品を注文できるようになっていった。
後にインターネット通販が普及すると、この変化はさらに加速する。
ここで注意したいのは、Manny’sの2009年の閉店を、現在のようなオンライン販売の普及だけで説明することはできないという点だ。
当時の関係者の証言では、通販の拡大はすでに1990年代から意識されていた。一方、Manny’sの閉店には、経営上の問題や店舗街の衰退も関係していた。
したがって、通販は長期的な環境変化の一つと考えるのが妥当である。
3-4. 48丁目のMusic Rowそのものが衰退していた
Manny’sの閉店を理解するうえで、最も重要な背景の一つが、店舗のあった48丁目の変化である。
かつてMusic Rowには、Manny’s以外にも多くの楽器店が集まっていた。
顧客は一つの店だけでなく、複数の店舗を回ってギター、アンプ、シンセサイザーなどを比較できた。
これは、楽器店街全体が一種の巨大なショールームとして機能していたことを意味する。
しかし、時代が進むにつれて、Music Rowの店舗は次第に減少していった。
楽器店街を構成していた店舗が閉店したり、移転したりすれば、地区全体に足を運ぶ顧客も減少する可能性がある。
2009年のManny’sの閉店は、このような地域の衰退を象徴する出来事だった。
その後も48丁目の再開発は進み、2013年にはRockefeller家側がManny’sの入っていた建物を取得したと、Judd GoldrichのNAMMインタビューで説明されている。
つまり、Manny’sの閉店後も、店舗街を取り巻く不動産環境は変化し続けていた。
出典:NAMM:Judd Goldrich (新しいタブで開く)、The New York Times掲載記事の転載 (新しいタブで開く)
3-5. 決定的だったのは独立店舗としての採算性
2009年の閉店について、当時の音楽業界誌『Music Inc.』は、Sam AshのPaul AshがManny’sについて、事業として採算が取れなくなっていたという趣旨の説明をしたことを伝えている。
つまり、Manny’sというブランドや歴史に価値があっても、独立した店舗として事業を継続することは難しくなっていた。
ここに、老舗店舗が直面する問題がある。
長年の歴史や著名人との交流は、店舗の知名度を高める。しかし、それだけでは、従業員の人件費、商品の仕入れ、店舗の維持費などを賄えるとは限らない。
Manny’sは、音楽史的な価値と、小売事業としての採算性が一致しなくなった事例といえる。
Manny’sが閉店したのは、音楽文化のなかでの価値を失ったからというよりも、その価値を従来の実店舗という形で維持することが難しくなったからだった。
出典:Music Inc.「Manny’s Closes … and Reopens」 (新しいタブで開く)、Premier Guitar (新しいタブで開く)